この人、ベレス・メルナーさんは名の知れた彫金師で僕の師匠なんだけど、私生活はただの女の子が好きな飲んだくれのオジサンで…寝起きも悪い、ひたすらだらしない、女の子の前では恰好良さげに振る舞うのに、家に帰った途端スライミーのように溶けちゃって。
僕はなんでこんな人の世話なんかしてんだろ、ってたまに虚空を眺めてる…。
でも仕事をしてる時のベレスさんは、かっこいいんだ。どうしてこのオジサンからこんな美しいものが生まれるんだろうって思って、なんでか泣きたい気持ちになる。
「ふあ……朝メシ何?」
やっと起きてきたと思ったら腹を掻きながら大あくび。
ミレイさんのとこのパン!と洗い物をしながら後ろに声を掛ける。
「んー、うまそーじゃん。」
「今日はアトリエの片付けですからね、ちゃんと目覚ましてよ!」
「わかったわかった。イタダキー」
ミレイさんのライ麦パンに、庭で採れたレタスと新鮮なトマト、黄身がとろっとろの目玉焼きを乗せて、今朝作ったベアルネーズソースをかけて完成!あ、あとは軽く温めたミルクね。
もちろん、美味しくない訳ないでしょ!
オシャレなソースは、ミレイさんに教えてもらったんだけどね。
「ごっそさん。なぁバリー、俺の革編みベルト見てねぇ…?」
「は!?また失くしたの!?!?何本目だと思ってんの?なんであんなデカイもの失くせるの?奇術師でもやってんの?」
「あーはは…ごめんって…はは…」
クローゼットとベッド上と床に出来てた服の山をひっくり返し、ソファーの下から発見。ちなみに失くしたのは12本。
僕に探させておいて支度を進めてた師匠の腰に巻いて、ギュンギュン引っ張って締めて(絞めて)やる。
「おま、バカ、くびれちゃうだろ…」
「そんなに失くしものする人はくびれればいいんです。」
もう、知らねーっ。やってらんない!!
放っておいたらアトリエの片付けしないんじゃ…?と考え始めた思考を振り切り、僕は案内所の仕事用ジャケットを羽織った。
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「おーい、聞いてんのかよボウズ?」
「っあ、はい!こんにちは!」
うわすごい筋肉…じゃなくて、大柄の男性がぼーっとしていた僕にイラついた様子で声をかけてきた。
「こいつなんだが、ここで買って2日で壊れちまったんだよ。どこで苦情受けてくれんだ?」
「…見せてもらってもいいですか?」
「ああ。ほらよ。」
僕の手のひらに雑に転がされたそれは、つい先日まで彫金作品の棚で美しい個性を咲かせていた腕輪だった。装飾部分の歪みが部分的にひどい…けど、普通に使っててこんな潰れ方する、のかな。
「これ、ちょっと潰れ方が普通じゃないような…どういう風に使いましたか?」
「いや、普通にだよ。何言ってんだ?俺が潰したって言いてぇのか?
度胸あんなお前。外出ろや」
「ちょ、違うんです…!」
身体を持ち上げられ、カウンターから出される。掴まれた所が痛い。
どうしよう、どうしよう!!
外に出ると、周囲に居た人の引いた顔が見える。鍛冶屋のおっちゃんははるか遠く、隣の紡績屋のおばちゃんと盛り上がってて気付いてない。
……あー、あんまり痛いの、やだな。
「お客さん、うちの子になんか用か?」
「あ?用も何も、俺を侮辱しやがったからツケを払ってもらうだけだよ。すっこんでろ」
「んー、それは困るなぁ。何があったか話してくれねぇか?その上でお客さんに何が出来るか考えるからさぁ。」
「お前にゃ関係ねーだろ、下がってねぇと怪我すんぜ?なぁボウズ。」
「それが関係大アリなんだなぁ。…で、話すの?離さねぇの?離さねぇならそれ相応の対応をする事になるなぁ~困った困った。」
ベレスさんが見た事ない笑顔で話してる…と思ったら、大男に凄みながら打ち具を足の甲に素手でぶっ刺した。
え!?何やってんのあの人!?!?
大男の方を見ると流石にめちゃくちゃ引いた顔をしてた。
いや引くよ!どうかしちゃったのあの人!?
「お、おぉ…まぁ落ち着けよ、話すから…大丈夫かよ?それ…」
「んー俺、痛み感じないらしいんだよねぇ。大丈夫大丈夫!彫金のアトリエはあっち、歩きながら聞きますんでね。それで?」
「おぉ…んーと……」
遠のいていく、騒動の主人公2人。
去り際に『奥引っ込んどけ』と耳打ちされた時、ベレスさんの首筋に汗が筋を作っているのが見えた。
…あの、バカ師匠。あんな方法するかよ?フツー!
僕は急ぎ足で家に戻って、救急箱の中身を出し始めた。
アトリエと家を繋ぐ扉がキィ、と静かに開く。
「バリー、大丈夫か…」
「大丈夫じゃないのはあんたの頭でしょーがっ!どんだけびっくりしたと!!!」
「労ってくれないのかよー、あんな頭に血が上ったデケェ男、やべぇ奴でも演じないと対等にならんだろ…?」
「いや、あるでしょ!なんか!!」
「両腕は無傷だぜ」
「誇るな!」
消毒液をマシマシでかけると、『イッテェェェエエエ!』という男の声が家中に響き渡った。